_eyeronyだけが愛だった_

笑えない過去と、それからの事

鏡合わせの恋

恋じゃあないんだけど

極めて恋に似てるんだと思う。

 

あの子は私にとって鏡のような存在で、粗末でみっともない私とは対照的に輝く存在。その鏡を覗き込むようにいつも見入ってしまう。あまりにも見入りすぎて首とか痛くなるくらいにね。

 

心が軽やかな時は別に何も考えてない、

深く考えないであーただただ好きです会えてうれしー!たのしー!すきー!みたいな軽い気持ちで話せるというのに少し拗らせると童貞か何かみたいに構えて顔までぎこちない表情になって言葉すらろくに出ない。

 

鏡合わせのあの子を恋するように愛してる。

 

それは面と向かってはとても言えないけれど

永遠にこの鏡が割れることなく在ってくれるだけで幸せに思う。

 

 

備忘録0329

3月がもう終わろうとしている。

 

まだ肌寒い日が続いているし、日中は職場の事務所にお籠りで昼休みも外へいかない、事務所の中で済ませてしまうから朝と夕方、夜しか気温や空気はわからないけれど。

帰り道に見上げた近所の小学校の桜がすっかり花開いていて、ああもう桜の季節か、

なんて思ったけどもうあと2日もしたら4月なんだもの。花開いて当然だった。

 

この季節になると思い出す事は大概10代の時の事。

あまり恥ずかしいから人には話さない。でも本当はこうして書き連ねる事で忘れたくない大切な思い出でもある。思い出すのはすごく好きだった女の子と生ぬるい春の風が吹く中を歩いたこと。その時香った梅の花の匂いなんかをとても強烈に覚えていて、その好きだった女の子とは永遠に友達以上に成れる事はないと分かっていて、何よりそれ以上になった時の「お別れ」を恐れていた2人は友達のままでいる事を望んだ。今思い出してもその決断をした時の苦悩とか、大事にしたかった気持ちとか、言葉にするのは難しい事とか。若いなりに一生懸命考えたんだなあ、としみじみ思う。

大好きだった。今でも大好きだと思う。大好き?少なくともあのころは。

その一言に尽きるほど大事で何より好きでした。

春の上野公園、アメ横、吹き抜ける春の風。

その頃好きだったPlasticTreeの「春咲センチメンタル」。


【PV】 Plastic Tree 春咲センチメンタル

別にこの曲に二人を投影するわけではないんだけど。

季節とその時に聴いていた音楽はすごくリンクする。

私にとっての春はこの曲と共に在ったあの季節の事が一番印象的な出来事でだからこそもう何年も昔の事だというのに、五感で感じる何かしらの感覚がその時代に結びついて鮮明に胸焼けするほどに生々しく思い出してその頃に気持ちだけ飛ばされてしまうような。そんな気持ちになるんだろうな。

 

と、春咲センチメンタルよろしくセンチになるのが毎年の春の定番です。

勝手に思い出して勝手に感傷に浸りがち。そんなところでしょう。

こんな事いつまでも思い出しているのはきっと私の方だけなんだろうな。

 

あと2日で今年度が終わり、4月からは新年度。

だからってわけじゃないけれど、髪の毛を10センチほどバッサリ切った。

 

2度目のブログ。次書く時は3度目になる。

3日坊主となるか、続けることは出来るのか。

 

こんな調子でまた明日。

 

 

 

ただなんて事ない日々を一瞬を刻む

最初に日記を、自分の言葉を全世界に発信したのは「メモライズ」だった。

いや、エンピツだったか。

blogという存在が産まれる前の世界で私は言葉を、暮らしを垂れ流していた。

15歳だった。

拙い文章、どうでも良い話、学校へ行けない事、好きな事、嫌いな事。

なんでも良かった。ただ好きなように書く殴った。それが気持ちが良かった。

 

ところが、いつからか素直に文章を綴れなくなった。

 

あれからもう何年もの月日が経った。15年が経った。

いつから書けなくなったかもその理由も自分が一番分かっているけど

今はそれはどうでも良い事。

だって今ようやくまた書こうという気持ちになれたから。

その内容がどうしようもなく拙い事でも。

そもそもこうして書きなぐるのが好きだったのだから。

好きを辞める理由も無ければ諦める必要だってない。

 

この最初の投稿はあと10分で書き上げるつもりでいて、

10分が経過したら強制的に書くことをストップしようと思っている。

 

そうこうしていたら残りは8分だ。

 

10代の頃、日記を書くことが好きだった。

別に反応なんか要らない。友達もさほど多くは無かったからこうして

書くことで自分と見つめあい対話する、それがとても大事な作業だった。

箱庭みたいな小さな作業だとしてもその頃にとっては大切な事だった。

 

今はどうだろう。残り5分か。

 

一種の作業療法となるのか、はたまたただ好きだからという一心のモノとなるのかは

これから分かっていくのだと思う。

 

学校へろくに通う事が出来ない劣等感を背負ったままなんとなく大人になり

強引に社会に溶け込もうと奮闘し成人してから約10年。

ようやく社会人というに相応しい肩書が出来た。

ただハリボテの姿で社会に溶け込もうと奮闘したところでハリボテはハリボテ。

中身は脆くてダメだった時代の後遺症かもともと頭が悪いのか、

今一つ記憶力だって乏しい。

瞬時に言葉が出てきても、記憶力が怪しい。計算も得意じゃない。

 

ということはやはり書いた方が、書き記すの字のごとく

記して残しておく方が良いのではないかと思うわけです。

 

残り1分。

 

初回の投稿はこれでおしまいかな。

決定的な動機づけとかカッコイイ理由とかそういうのはもうお腹がいっぱい。

 

書きたいから書く。好きなものが好き。好きをあきらめない。

これまで諦めてきたすべての事を諦めないように。

 

どんな事でも1行でも長文でも記していこうと思う。